COLUMN

山崎亮の「つながりのデザイン。」

#2 地域で出会った人々 — 町長と理事長の縁 —

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2005年にコミュニティデザイン事務所として「studio-L」を立ち上げた。「人と人とをつなぐ会社です!」と名乗ったものの、仕事の依頼はなかった。それはそうだろう。どう考えても怪しい会社である。仕方がないので、勝手にまちを訪れて地域づくりを考えてみるという活動を繰り返した。「変わった活動をしているデザイナーがいる」と島根県海士町の町長に伝えてくれたのは、一橋大学(当時)の関満博さんだった。

これが縁となり、2006年に海士町の山内道雄町長とお会いすることになった。町長はコミュニティデザインについて瞬時に理解し、次の総合計画を町民参加で策定して欲しいと依頼してくれた。我々にとって、初めて行政と正式な契約を交わした仕事であった。2007年からの2年間で総合計画を策定し、その後もいくつかの仕事をお手伝いさせていただいた。2010年、京都造形芸術大学から連絡があった。空間演出デザイン学科の学科長を務めてほしいという。椿昇さんや大野木啓人さんなど、尊敬するアーティストやデザイナーが推薦してくれたようだ。断る理由は見当たらない。「喜んでお引き受けします」と伝えると、最終的には学園の理事長が面接して決めるとの返事があった。

理事長は徳山詳直さんという方で、学園の設立者でもある実力者。この人が首を縦に振らなければ、誰の推薦だとしても採用されることはないらしい。しかも理事長は「37歳で教授は若すぎるのではないか」「学科長としての役割が務まるのか」と心配されているとのこと。面接で何を語るかが重要だ。いろいろな話題を用意し、どんな質問にも答えられるよう準備した。

当日、履歴書に目を通した理事長は、開口一番「君はこれまでどんな仕事をしてきたんや?」と尋ねた。まず思い浮かんだのは海士町での仕事。「島根県の海士町というところで総合計画をつくるお手伝いをしました」と答えると、「海士町か!山内か!」と理事長が興奮し始めた。どうやら理事長は海士町出身で、山内町長のことを高く評価しているそうなのだ。「山内は、ええ男や」「あれは国会議員も務まる器や」と30分ほど山内町長の話が続いた。

まったく想定していなかった展開である。止まらない理事長の「町長ばなし」を聞きながら、どうやって自己紹介をすればいいのかを考えた。きっかけを見つけて自分のことを語らねばならない。そう考えていたとき、突然理事長が立ち上がって手を差し出した。握手しながら「ええ人が来てくれた。よろしく頼むで」と言われた私は、「よろしくお願いします」と応えて部屋を出た。

就職の面接では自己PRが大切だと言われる。しかし、理事長は何も聞かずに採用を決めてしまった。理事長にとっては、自分が信頼している人から推薦され、自分が評価している人と仕事をしていたという事実だけで十分だったのかもしれない。本人の自己PRというのは、結局のところ何とでも語ることのできる内容なのだから。

 

PROFILE

山崎亮

1973年生まれ、愛知県出身。コミュニティデザイナー。studio-L代表。東北芸術工科大学教授(コミュニティデザイン学科長)。慶応義塾大学特別招聘教授。 大阪府立大学大学院および東京大学大学院修了。博士(工学)。建築・ランドスケープ設計事務所を経て、2005年にstudio-Lを設立。地域の課題を地域に住む人たちが解決するためのコミュニティデザインに携わる。まちづくりのワークショップ、住民参加型の総合計画づくり、市民参加型のパークマネジメントなどに関するプロジェクトが多い。著書に『ふるさとを元気にする仕事(ちくまプリマー新書)』、『コミュニティデザインの源流(太田出版)』、『縮充する日本(PHP新書)』など。

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    baus / BAUS編集部

    クリエイティブと社会の関係性において、 関わる全ての人々にとっての 「次」と「続き」を作る、そんなプラットフォームを BAUSは目指しています。

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