COLUMN

『でも、ふりかえれば甘ったるく』をふりかえれば甘ったるく? —菅原沙妃

#5 “あのころ”はずっと、私のとなりに

記事メイン画像

2018年3月、カメラマン・芸術家・ライター・編集・浪人生など、さまざまなバックボーンをもつ女性10名によるエッセイ・随筆集『でも、ふりかえれば甘ったるく』が、CGプロダクション「シネボーイ」の出版レーベル「PAPER PAPER」から発売された。20代を中心とする著者9名とイラストレーター1名が、それぞれの「幸せ」について自分らしく想いを綴る。彼女たちのこれまでとこれからに紡ぎ出される、それぞれかたちも大きさも肌触りもちがう「幸せ」。読んだらきっと、自らの日常にある小さな「幸せ」に気づいてにこやかになる、そんな1冊だ。

今回BAUSでは、『でも、ふりかえれば甘ったるく』のスピンアウト企画として、著者や制作関係者、ゲストを迎え、リレーコラムをお届けする。 [Sponsored by シネボーイ]


思えばずっと、「ふりかえる」ことと、うまく付き合えたためしがない。

今から10年ほど前、思春期のころ。そのころの私のほとんどは、「ふりかえる」ことでできていた。2~3年ごとに国も変えて引っ越すいわゆる転勤族の子どもだったので、友だちとの「いつかまた会おうね」なんて、果たされないことのほうが多い。今いる環境に再び戻れることなんてないんだと、身を以て感じていた。

だから、自分が後に残してきた友だちや、叶うことのなかった恋心、放課後笑い声を響かせた学校、覚えたての言葉を意を決して口にした国は、その場を去ったとたん、どうしようもなく輝き始める。「決して戻れない過去」はふりかえればふりかえるほどその純度を増し、「過去・現在・未来」のなかで「過去がいちばん大事」と言い切るくらい、当時の私は「ふりかえる」ことの虜になっていた。

でも、そんな過去ばかり見ている後ろ向きの自分にも、そして思春期っぽい感傷にとっぷり浸かっている自分にも嫌気がさしていたので、大人になるにつれ「ふりかえる」ことは少なくなっていった。忙しくてふりかえる時間がなかったというのもあるし、いったん過去というみずうみの淵を覗けば、またあの「ふりかえる」ことの甘美さに、からだごと浸ってしまうのではないかと怖かった。

一方で「ふりかえる」ことは、自分の至らなさを思い知るという、身を切り裂く痛みを伴うものにもなっていた。大人になればなるほど「できなかったこと・しなかったこと」は増えていき、「ふりかえる」ことはただただ甘美なものではなくなっていったのだ。

エッセイ『でも、ふりかえれば甘ったるく』が手元に届いたのは、最終原稿を提出してから1ヶ月くらい経ってからのことだった。初めてこの話をいただいたときからは半年ほど経っていただろうか。書いているときは純粋に楽しく、最終原稿にOKが出たときも達成感があったのに、いざエッセイが目の前に、質量をもった「もの」として現れると、嬉しいと思う前にぞっとする自分がいた。

自分が書いた文章が、紙というかたちになって半永久的にそこに存在し、ふりかえらざるをえない存在となって迫ってくる。おかしいな、幸せなはずなのに。ふりかえるたびに、「なんでこんなものを書いてしまったんだろう」という後悔が生まれるんじゃないかと思ってしまったのだ。

結局、それから1ヶ月ほど経ってからやっと、自分の文章を読み返そうという気持ちになる。おそるおそる自分のページをめくる。でも、ドキドキしながら読んだ自分の胸のうちに訪れたのは、「あのころ私、こんなこと考えていたんだ」という、不思議な気持ちだった。

自分が書いたはずなのに、自分でないような。あのころと特に生活が変わったわけでも、考え方が変わったわけでもないのに。あのころ書いたことはすべて本当のことのはずなのに。それはまるで、誰か他の人が書いたみたいだった。

そっか、あのころの私は、私であって私じゃないんだ。

そんな思いが、すとん、と胸のうちに落ちてきた。

思えばずっと、過去が怖かった。過去にしがみついて現在が灰色にくすぶるのも怖かったし、現在から過去を否定して、後悔に苛まれ続けるのも怖かった。過去はいつも、私の後ろ髪を引っ張っていたから。

でも、そうじゃなかったんだ。あのころ私が書いたものは、あのころの私が届けたいと思って書いたものだ。「今ならこう書くのに」はいくらでも出てくるけれど、だからといって「あのころの私」が100パーセント否定されるわけじゃない。同時にこの先、「本を出した自分」に必要以上にこだわらなくてもいいんだ。いつだって、今がゼロで、スタート地点なのだから。

過去と現在は、結びついているようで、結びついていない。だから、過去を美化する必要も、逆に否定する必要も、なかったんだ。

そう気づいたことで、良い意味で少し距離を置いて、自分が書いたものと向き合えるようになった。そして、自分の文章を紙というかたちで残せること、本というかたちで誰かに届けられるんだという、当初感じていた素直な喜びが再び手のなかに戻ってきて、じんわりとしたあたたかさを帯び始めた。

『でも、ふりかえれば甘ったるく』は、ある一人の人を思い浮かべて書いた。なのにしばらくふりかえれなかったものだから、実はいまだに渡せていない。

でも、これを書き終わったら、思いきって渡してみようと思う。あのとき「届けたい」と思った気持ちを今、ちゃんと届けたいから。

もし、眩しすぎる過去に、逆に否定し続けてしまう過去に苦しめられることがあれば、思いきってそっと、ふりかえってみてほしい。

ふりかえった先は、自分の後ろではなく、私のとなりで、ともに歩み続けているのだから。

PROFILE

『でも、ふりかえれば甘ったるく』

カメラマン、芸術家、ライター、編集、浪人生等様々なバックボーンを持つ女性10名のみで制作したオムニバス集。悩みながら、もがきながら、噛み締めながら「今」を生きる。女性9人が自分らしく想いを綴る、それぞれの「幸せ」とは。彼女たちの「これまで」と「これから」をまとめたエッセイ・随筆集。
全国の書店、各種通販サイトにて発売中。

【目次(著者 / タイトル)】
01. 伊藤 紺 / ファミレスのボタン長押しするように甘く
02. 生湯葉 シホ / 永遠には続かない
03. こいぬま めぐみ / 検索結果は見つかりませんでした
04. いつか 床子 / 幸せでない話
05. mao nakazawa / 私の庭
06. 菅原 沙妃 / ここにいていいよ
07. 西平 麻依 / 大人になるのは、きっとそれから
08. 渡邉 ひろ子 / 夜の散歩から
09. エヒラ ナナエ / 愛すべき孤独に
10. ery / カバーデザイン

【Credit】
発行元:株式会社シネボーイ / PAPER PAPER
発売元:日販アイ・ピー・エス株式会社

Produce:西川 タイジ(CINEBOY inc. / PAPER PAPER)
Book Design:近成 カズキ(CINEBOY inc. / PAPER PAPER)

http://www.cine-boy.com/?product_cat=book
http://amzn.asia/iytxasX

    PROFILE

    菅原沙妃

    インタビュアー・エッセイスト/訪日客向け本屋books1016を自宅で営んでます。 ライティングはアート・文学・哲学など。「生活×人文学」がテーマ。 新卒でフリーに。93年生まれ、慶應文卒。
    sugaharasaki@gmail.com

    http://books1016.tokyo/

    トップ挿絵・エヒラナナエ 文・菅原沙妃 編集・上野なつみ

    関連記事

    関連記事